年会長挨拶
この度、第47回日本毒性学会学術年会の年会長を拝命いたしました。本年会は2020年夏に予定されていた東京オリンピック前の6月29日(月)から7月1日(水)にわたり、仙台国際センターで開催する予定でしたが、2020年の年頭より国際規模で流行が始まったCovid-19感染症の影響で、通常の対面による学会開催が困難となりWeb開催として執り行うことに変更いたしました。Covid-19感染症の状況の推移を見ながら開催の判断を検討した時期には、すでにほぼすべての発表・講演演題とその要旨が揃っていたこともあり、対面会議を中止して要旨集を発行するだけの誌上開催にするという選択肢もありましたが、開催予定であった日程までに幾ばくかの準備する時間が取れそうであることから、思い切ってWeb開催とすることを4月初めに決定いたしました。Web開催を決定する前は、東京オリンピックを契機とした国際化を年会の目標のひとつとしておりましたが、Covid-19の感染拡大は国内のみならず国際的な人の移動制限を伴うために、当初の目標である国際化の意義づけは難しくなるのではと思われました。しかし、Online上では国境が無くなることにより、むしろ国際化へのハードルは以前より低くなったのではと思い直しました。現在、日本毒性学会が推進している国際化をさらに進化させるうえでは、Web開催は結果的に絶好の機会となりました。Web開催で行われた科学的な討論は瞬時に国際発信されることとなり、本学術年会の真価が国際的に問われる状況は年会長としての重責に身の引き締まる思いです。
今日の毒性学を取り巻く情勢は、ゲノム編集のように日々開発されていく新技術が時を置かずに毒性学の手法として取り込まれていくという状況ですが、一方でナノテクノロジーのような新技術の開発に伴い新たに毒性研究の対象となる物質が増えていく状況も加わり、毒性学が取り扱う研究分野が多様化すると共に、研究手法も複雑化してきています。このことは、毒性学的手法を必要とするリスク評価やリスク管理上の今後の課題はたとえ最新の毒性学的手法を用いたとしても、一つの技術だけでは解決できるものではないことを示しています。2009年にVal Beasley博士により医学・獣医学・環境毒性学を統合しワンヘルスを実現するためにワントキシコロジーという概念が提唱されています。本年会ではこのワントキシコロジーという概念を、in vitroやin silico毒性学からin vivo毒性学まで、非臨床研究から臨床研究や疫学研究まで、細胞・分子レベルから個体・生態系レベルまで、対処すべき課題に対して同時にあらゆる方向からの英知を合わせる意味で、年会のテーマといたしました。人を含めた環境全体の生命(いのち)の健康を護ると同時に新技術開発に伴うリスクを回避するためには、このワントキシコロジーのような概念が必要だと思われます。そして、十年前に提唱されたこの概念は、今日、様々な学問や技術分野が融合化していく状況として具現化しつつあり、さらにWeb開催となった本学術年会における国際化としてのグローバリゼーションの意味も加わり、改めて相応しいテーマになったと思います。
皆様におかれましては、日本毒性学会学術年会として初めての試みであるWeb年会に「毒性学の各分野の新たな融合と国際化をもたらすワントキシコロジー」の世界を感じていただくことができればと願いつつ、奮ってのご参加をお待ちしております。
2020年6月
広瀬 明彦
(国立医薬品食品衛生研究所 安全性予測評価部)